坂本乙女宛 文久三年(1863)五月一七日 龍馬の書簡より (この頃は、天下一の軍学者勝麟太郎という大先生の門人となり、ことの外かわいがられて、客分のようなものになりました。) 勝海舟 氷川清話より 「坂本龍馬。 幼名・通称は勝麟太郎。 幼少期より剣豪の島田寅之助に剣術を学び、真心影流免許皆伝の腕前となります。 16歳で家督を継ぎ、蘭学を志します。 家は旗本だったが貧しく、蘭日辞書『ズーフ・ハルマ』を筆者して売るなどして生活費を工面していました。1 志士の時代 11 志士と剣術 12 生家坂本家 13 河田小龍との出会い 14 土佐勤王党結成 15 龍馬脱藩す 16 勝麟太郎との出会い
第13回 坂本龍馬は勝海舟を本当に斬ろうとしたのか 歴史作家 山村竜也の 風雲 幕末維新伝 歴人マガジン